九月になった!
…夏休みの宿題は、いつも九月になってから、
やっつけてたな。
良かった、大人になって。
ちょっと前の話だけれど、
大原麗子さんが亡くなったというニュースは、
悲しかった。
ギランバレー症候群。
初めてこの名前を耳にしたのは、
四半世紀も前のこと。
ブンカ卒業を目前に控えた年末。
当時付き合っていた彼氏が、
郷里に帰省した翌日、身体が動かなくなって、
文字通り、病院に担ぎ込まれ、
下された診断が、それだった。
急性多発性根神経炎。
…おお、すらすら言えた。
覚えているもんだな。
彼は、かなり重症で、
自力で動かせるのは、まぶたと眼球だけとなった。
医師には、良かったと言われたそう。
これで目も開けられないとなると、自分のおかれた状況に耐えられず、
精神に異常をきたす人もいるので、
という理由だったそうだ。
勿論、喋ることも出来ない。
それでも、まぶたを開閉出来たので、
病室にあいうえおの表が貼られ、
一文字ずつ指し示し、まばたきした所で、止まり、
また、あ、から始めて、また止まり、
それを繰り返して、
言葉を拾う。
なけなしの意思表示。
筋肉という筋肉が麻痺し、動かせない。
それは手足などだけの問題ではなく、
息をしようにも呼吸するための筋肉も動かず、
心臓だって、人工的に動かさないと、鼓動しない。
そういう状態。
三ヶ月、機械に繋がって、そういう状態を切り抜けた。
その間に、卒公も卒業式も終わった。
それから、長いリハビリの日々。
生まれたての赤ちゃん時代からやり直し。
首が据わる。
よいしょ、と座らせてもらうと、座って居られるようになり、
寝返りがうてるようになり、
腹ばいではいはい。
四つん這いではいはい。
いつか、つかまり立ちが出来るようになり、
わーい歩いた!
わーぁ転んだ!
そういう瞬間を、写真とかビデオとか、
親御さんが記念に撮る気持ちがよく分かる。
長い入院期間中、何度か見舞いに行くと、
これは別名、ギランバレー症候群って言うんだって、
かっこよくない?
急性多発性根神経炎よりさ、とか、
大原麗子さんも、この病気をしたんだって、
「でも、ご活躍でしょう?」
だから大丈夫、あなたもきっとよくなりますよ、
ちゃんと社会復帰出来ますよ、
そう、医師にも看護師さんにも、何度も励まされたと、
話してた。
再発したと公表したら、同じ病気の人たちがショックを受けるから。
大原さんがそう言っていたと報道されていた。
映像の仕事で何度か共演したという先輩俳優は、
「すっごいきつい人だった」と。
私は好きな女優さんでした。
彼は、一年半して退院。
と同時に、私は振られて別れたけれど、
その後も、どうしても機能が回復しきらなかった足首の手術を受けたり、
障害者のための職業訓練校に入ったり、
何年かあとには、また東京に出て、
恋愛して結婚して、
無事に暮らしている模様。
ハイジの旅の中で、大原麗子さんの訃報が話題になったとき、
若い俳優が、「僕、大原さんって、分からない」と言っていた。
もう、彼女の輝いた時代を知らない人たちも、
大勢いる。
でも、
知っている人たちは、きっと忘れない。
そう思う。
秋ですな。
秋だから、こんな話題?
ってことで…
posted by ミナル at 19:23|
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